この近所に住んでた頃、散歩の途中で撮影。門前右手に、名古屋市教育委員会の建てた日本語と英語の説明板がある。記録に残る再建が、享禄2年(1529年)というから、古い歴史をもっているようだ。庄内川の堤内地、つまり堤防の中の、川べりの高水敷に建っていたそうで、当時は村の集落ともども何度も水難にあった、というのも当然だろう。庄内川は大きな川で、これが暴れたときは、流域で相当な被害が出たと思う。以下、日本語解説の全文を転記。//---------宗圓寺曹洞宗、創建は不詳。享禄2年(1529年)宣叟曇周和尚が再建。本尊は木造釈迦牟尼仏坐像。以前は、庄内川堤内にあったが、水難多く、慶長19年(1614年)の氾濫を契機に、村の集落ともども現在地に移った。この付近は、旧名塚村の本郷にあたり、道筋や屋敷割は当時と基本的には変化がない。なお、本堂は昭和58年(1983年)再建。名古屋市教育委員会
そこそこ立派なお寺です。入って右側が施設の様になっていました。