第二次世界大戦後、グアム・テニアン島の激戦地で玉砕した将兵1200名の遺体が収容された。しかし当時の日本政府には受け入れ体制がなく、たまたま収容を担当した師団の士官が名古屋に墓を持っていたため、そのつてによって阿龍山瑞専寺の協力を得てここ北山共同墓地に埋葬することになった。しかしその後半世紀のあいだ手入れもされずお参りに来る人もほとんどいなかったため、このままではいけないと遺族会が厚生省に請願し、平成8年に国立千島ヶ淵墓苑に改葬された。とはいえこの墓碑を廃棄するのも忍びなく、阿龍山瑞専寺にお願いしてこの地でもできるだけ長く英霊の顕彰を続けてくことになった。。。とのことです。