海軍航空隊の跡地に作られた歴史資料館です。ここを訪問した理由は展示されている資料を見るためではなく、ここにあった予科連に亡くなった父が所属していたからです。以前から三重海軍航空隊のことは聞いていましたが、どこにあったのかは聞かされていませんでした。先日たまたま古いアルバムを整理していたら、父親がここを訪問している写真を見つけ、何か手がかりがあればと思い今回訪問しました。訪問して初めてここに海軍航空隊があったことを知りました。中に入るとスタッフの女性の方が出てこられ、ここにあった海軍航空隊のことを説明してくださいました。父がここに所属していたことを伝え、当時在籍していた人たちの名簿がないか尋ねたところ、名簿を出してきてくださいました。そして父の名前を見つけました。今になれば父が生存中にもっと当時の話を聞いておけばよかったと思います。でも、名簿の中に父の名前を見つけ、多くの展示品を見させていただき、20年前に亡くなった父と再会できた気持ちになりました。星の評価はあくまで個人的なもので、資料館として大きなものでなく展示品もそれほど多くはありませんが、かつて日本のためにこの地で訓練を受けた若者たちがいたことを知ってもらえるとうれしく思います。
館内は写真撮影禁止で残念ですが、非常に充実した戦争資料館であり、入館料無料なことが驚きです。三重県内に、この地にあった海軍予科練や、三重県内のその他の軍事施設とそれらの内容、戦争当時の生活等々、色々と学べます。右、左と極端に寄ることなく、事実を極力正確に分かりやすいよう、全般的に客観的に展示説明してあります。墜落した海軍飛行機のエンジン、プロペラなどが資料館入口付近に図解付きで説明してあり、ある程度構造もわかるよう工夫してあります。この地にあった海軍予科練は、全国から航空機搭乗員を志し、厳しい試験(学力、身体、適性、面接)をくぐり抜けた若者が、その基礎訓練を受けた場所だそうですそのため、ここには飛行場はなく、英語、数学等の一般教科のほか軍事学、体育、ボート、射撃、水泳等の陸戦、水上訓練を行っていたそうです。ここに集った14才から20才くらいの若者が、訓練中に家族に送ったほのぼのした日常を綴った手紙や、特攻隊に指名され、家族に送った遺書などもあり、心を動かされるものがありました。さっと見るだけなら10数分、真剣に見て回ると一時間以上かかると思います。学生さんや、会社の研修等で是非見ていただきたい施設です。エレベーター、トイレもバリアフリーになっており、係員の方も親切で好感がもてます。入口でパンフレットを頂けます。来客数が少ないため仕方ないと思いますが、人が来てから暖房等をつけるせいか、最初のうちは少し冷えるので、温度調節できる服装で行くと良いかと思います。
今の世の中腹立たしい事が多い中、今日はとても感傷に浸って来ました。津市香良洲町6320にある歴史資料館に行って来ました。71年生きて戦争に対する想いが蘇みがえる知識の中に人生観をあらためて見直しました。とても良い時間空間くたくうは
無料ですので、一度は行っていただきたい所ですね。繰り返してはいけない歴史の一端が見ることができます。
ここを閲覧した方は是非立ち寄った方が良いと思います。まずは戦没者の慰霊碑に手を合わせてから入場しました。無料です。玄関から土足禁止です。一階から三階まで見られます。普段のつまらない悩みなど、一気に吹き飛びました。事務所の女性の方は親切にご対応頂き感謝いたします。
泣きました。予科練にまつわる、悲惨な事実を初めて知りました。年若くして散る命の尊さ。そして特攻を発案した大西中将の遺書。立場は違うけれど御国の平和を願っていたのには変わりはないと思います。
彼女と一緒に観に行きました。第二次世界対戦の事に興味がある私にとって申し分ない内容でした。
香良洲には海軍三重航空隊(特攻隊)があった。昭和20年8月15日敗戦の翌日深夜、候補生森崎湊は香良洲浜に正座して割腹自殺した。砂浜に立ってみた。森崎は海に向かって、すなわち遠く離れた大内山に向かって首を垂れるように絶命したと思われる。戦争は終わった。もはや死を強制されることはなくなった中での一つの自死だった。森崎湊の実弟は森崎東。映画監督をつとめた。一度お会いして話をお聞きしたいと思ったが、認知症に苦しまれており、ついにかなわなかった。
リニューアルで、津空襲の展示室が出来たのは良いが三階の予科練の展示室の展示物が減ったのは残念‼️マリンフーズの工場北側には鈴鹿海軍航空隊の兵舎のコンクリートの基礎が数年前まで良く残っていた‼️
香良洲にあった海軍航空隊(予科練)について、展示してます。受付の方が丁寧に説明してくださり、とてもわかりやすかったです。
昔の戦争をしみじみと考えさせられる施設。10代や20代よ若い命が特攻で亡くなる悲しい過去。
とっても良かったです。
国道23から日本鋼管に行き香良洲のマックスバリューを左に曲がり看板があるのでそれを見ながら行くとスムーズに着きました。津市市民なら無料で観覧できとても有志の方で建てたという立派な資料館でした。展示品も海軍航空隊の貴重な資料を見る事が、出来ました。
思っていたより見応えのある資料館で、すごく勉強になりました。
自分も親も戦争を知りません。実際に軍隊に入った祖父も兄弟の多くを戦争で失った祖母ももうこの世にはいません。戦争の悲惨さは、元軍人であった祖父が一切そのことを口にしなかったことが物語ってると思います。伝え聞くだけでは限界があり、やはり実物が展示されている資料館の存在はなくてはならないものです。
遺書を読んでると涙がでます。とても貴重な博物館です。
今日はゆっくり見ました。先の大戦の香良洲航空隊を詳しく、若い兵隊さんの生活や対米国にの心構えについて学びました。香良洲航空隊から南方に行き多数の方が戦死されていますがどんな気持ちだったのか胸が痛みます。また時間が有る時に来ます。
施設はかなり綺麗で資料もとても興味深く学ぶことが出来る。唯一残念なのが写真撮影ができないこと。
戦争の時の遺品や展示があります。地元から近いところでしたが、はじめていきました。とても貴重な資料とかを見ることが出来ました。
戦争を知らない私達が色々と考えさせられます。戦地から親に宛てた手紙は、涙なくして読めません。
息子さんからの葉書の内容に対し、もう少し上手く文章を書けみたいな親の葉書を読んで、どの時代の親も心配ばかりして変わらないことが印象に残った。しかし、物置のようなところに吹きっさらしで置いてある、折れた白菊?の翼をきちんと保存できればと思う。野ざらしはもったいない。
遠方からも結構 お客様がみえてます。観光バスも停まっていることがあります。年配の方向けですが戦争のことを知りたい方は勉強になると思います
歴史資料館といっても歴史全般ではなく、三重海軍航空隊を中心とした戦前・戦中の資料を中心とした展示。海中から引き揚げられた航空機のエンジンや特攻隊の遺品、予科練隊員の家族への手紙などが見所。
今の平和は戦争で犠牲なった人々犠牲で成り立っている
近郊に住んでいながら今まで知らなかった。航空隊の予科練跡地なので、遺書や遺品も若者のものが多く、辛い。いちどいっておくべき。
大変勉強になりました。
詳しいご説明ありがとうございました。熱弁でした。感謝です。
旧軍の御遺品があり、御手紙も残っているので、想いが伝わってくる場所です。
太平洋戦争時のことがわかります。
戦争に関する歴史資料が沢山
戦時中の歴史