40年くらい前はここのお堀でザリガニ釣りなどしてみんな遊んだものです。今はそんなことをしている子は見かけなくなりましたが、朝夕の散策はとても気持ちがいいです。
大草城跡に作られた公園です。信長の弟・織田有楽によって建設が始められたのですが、本能寺の変によって建設は中断。その後放棄されたのですが、歴代の領主によって城跡は大切に保存されたので、堀や土塁など城跡の保存状態は極めて良好です。展望台内の説明によると、信長時代の城でこれほど保存状態が良く、昔の絵図もちゃんと残っているのはこの大草城だけだそうです。貴重ですね。私も少し城跡を歩いてみましたが二の丸の櫓台と呼ばれている場所にも登ってみました。本丸よりもずいぶん高いです。ところで大草城には五層の天守が建てられる計画だったとも云われています。今は櫓台と呼ばれているこの場所ですが五層の天守が建てられる予定だったところは城内で一番高いここだったのかもしれませんね。そんなことを考えながら、また城跡を散策してみたいです。
天守を模した展望台があります。いい眺めでしたよ。
織田信長の弟、長益が途中断念したお城だそうです。
織田有楽斎長益が居城大野城の便の悪さから築こうとした城(未完)方形の郭をずらせて重ね全体を広い水堀で囲う郭構成の平城です。各郭の端の土塁の高さは高いですが大野城が地方領主の城らしい展望と防御力を重視した城なのと比べると防御に欠ける様にも見えます(水堀の幅を広くとっているので鉄砲等の遠戦兵器を生かす戦いでは有利ですので築城年代による違いとも言えますが)あくまで尾張を支配する織田氏の支配力を背景とした城とも言えるかと思います。残念な事に完成前に有楽斎が伊勢へ転封となり未完成のままでしたが、江戸期に尾張藩が保存したため土塁や堀が残っており城郭の勉強にも宜しいです(天守閣は元々ないので悪しからず)
やや城本体は興ざめ
小ぶりな天守閣ですが水掘や土塁が見応えあるお城土塁の上が遊歩道になっているので全体が見渡せて良いです
期待した分だけに、残念。
城は展望台になっていて天守閣から新舞子の海が眺められます。大規模災害時の避難場所に指定されています。小高い場所なのが良いのだと思います。8時30分から17時が城の開放時間。
のんびりできます。展望台は柵で覆われており、あまり良くはありません。ただ、災害時に使用されるということです。
公園にポッんと建ってます。
山のてっぺんを平らにした城跡の跡地を公園にしている。グラウンドと子供の遊具、城を模した展望台がある
駐車場は南側に数台停められるところがあります。展望台の1階にトイレもあります。
織田信長の弟織田有楽斎の居城。未完成の城。
んー、ゆったりしてる
穴場だす
いいとこ
駐車場がない😰