明治期の地図にも存在が記されている神仏習合期の形のまま現在に至る様建物は古く傷んで来ているが屋根のみ修繕されている様だ神社カテゴリだが形的には仏堂の形式左右に関連のある建屋が2つあるが何か不明お堂前は広場になっていて駐車可能広場の隅に庚申塔がある軒先には天満宮との額がかかり神鈴と梵鐘梵鐘のあるあたりも習合の名残りの様だ中には何も無いが奥が小部屋になり扉が閉まっていて何か祀られているかも知れない通常なら道真公の像などか朽ちた神社でも氏子などの管理された歴史が多少見えるがそれが見えないあたり氏子による管理ではなくどこかの寺社管理かも